ファイナルファンタジーX−2

ルブラン姫と二人の従者


  2  

そしてなんとかリビングのお掃除が終わりました。
ウノーとサノーは、疲れきってボロ雑巾のようになった身体を引きずるように、階段を上って行きました。
「ご苦労。交代するぞ。」
サノーは、見張り番の部下に声をかけました。部下はサノーに敬礼すると、階段を下りて行きました。
そして二人は、部屋の入り口で、一つ深呼吸をすると・・・
「お嬢、終わりましたぜ。」
サノーが声をかけました。
二人は部屋の前で、返事を待っておりました。しかし、待てど暮らせど返事は返ってきません。
「お嬢・・あのー」
今度はウノーが、痛む口元を押さえながら、声をかけてみました。
・・・それでもまだ、返事は返ってきません。二人は顔を見合わせました。
ルブラン嬢の許可なくお部屋を覗くことは、絶対に絶対に許される事ではありません。
ヘタをすれば、このお屋敷を追放されてしまうに値する大罪です。
けれども、返事の無いルブラン嬢が、二人はとっても心配になりました。
ルブラン嬢の事だから、まさか倒れている、なんて事は無いと思うけれども、人間、生きている以上「絶対」なんて事はありません。
「・・・どうする・・?」
ウノーがサノーを見上げて言いました。赤黒く腫れた口元が痛そうです。サノーは、腕組みをしたまま、しばらく考え込んでいましたが、やがて
「・・・覗いてみるか・・」
そうつぶやきました。


二人は、部屋の入り口に重なるように張りつくと、息を止めて、そぉっと中を覗いてみました。そしてルブラン嬢の姿を探しました。 ゆっくりと視線を動かしていくと、部屋の、ほぼ中央にある大きな寝台の向こう側に、ルブラン嬢の背中が見えました。 ルブラン嬢は、年代ものの大きな鏡の前で、一心不乱にお化粧品を塗りたくっておりました。 鏡に映るルブラン嬢の表情は、遠目にもとても楽しそうで、二人の視線にも気がつきません。二人は顔を引っ込めると、大きな溜息をつきました。
「・・・また塗ってるよ。」
ウノーが言いました。
「そうだな。」
サノーは腕組みをしたまま、答えました。
「お嬢、何もしない方がキレイだと思うんだけどな。どうしてヌージが来るとなると、あんなに塗りたくるんだ?」
ウノーが、子犬のような目をさらに丸く大きくして、不思議そうに言いました。
「・・・それが女心という物なのだろうよ。」
ウノーよりも少し年長なサノーが、訳知り顔で答えました。でも、サノーも勿論、何も塗らないルブラン嬢の肌の方が、美しいのではないかと思っていました。
「・・そんなに、ヌージが好きなのかぁ。」
ウノーの何気ない一言に、サノーはひどく傷ついたように、胸を押さえる仕草をしました。


二人がルブラン嬢に拾われて、2年の月日が経とうとしています。 その間、ずっと部下としてルブラン嬢を守り尽くしているうちに、サノーにとって、ルブラン嬢はかけがえのない女性となっていきました。 その女性が、自分の目の前で、他の男に会う為に、いそいそとお化粧に励んでいるのです。 それでもルブラン嬢の楽しそうな顔を見れば、自分のつまらない想いなど、畑の肥やしにもなりゃしない、と思うサノーなのでしたが、どうしても気になる事が一つありました。
「なあ、ウノー」
声を低くして、サノーが言いました。
「なんだ?」
ウノーはいつもと変わらない様子で答えました。そんなウノーを見て、サノーはたしなめるような視線を送ると、
そっと耳打ちするように、小さな小さな声で言いました。
「ヌージは・・・」
しかし、これから口にする事の重大さに、サノーの口びるは、動きを止めてしまいました。
ウノーは、ただただ不思議そうな顔をして、サノーを見上げていました。
「ヌージは、本当にお嬢を好きだと思うか?」
少しためらった後、サノーはとうとう思い切って言いました。
その疑問はずっと、彼の心に刺さった棘のように、チクチクと彼を苦しめておりました。 ルブラン嬢の言葉を信じれば、まるでヌージもルブラン嬢と同じだけ、彼女を愛しているかのようでしたが、サノーが垣間見るヌージの様子からは、そうとは思えない部分がたくさんあったのです。 別に、自分に振り向いて欲しい、などとは思っていませんでしたが、それでももしもルブラン嬢がスフィアの為にヌージに騙されていたとしたら・・・黙ってはおれない、とサノーは思いました。
「・・そうだよな。俺もずっと不思議に思ってたんだ。」
声を押し殺すようにして、ウノーは答えました。
「だって、青年同盟には若くてピチピチの女の子がたくさんいるんだぜ?しかもヌージはモテるだろ? わざわざお嬢を相手にしなくったって・・・」
ウノーの返事は、サノーの不安を大きくするのに十分でした。二人は顔を見合わせました。
「やっぱり・・・お嬢騙されて・・」
そう言いかけたウノーの口を、サノーの大きな手がガバっと押さえました。
「!痛っ!」
サノーに口を押さえられたまま、ウノーが顔をしかめました。
サノーの小さな細い目には、怒りの炎がともっておりました。自分も、もしやそうかも、と思っていた事ながら、他人の口から聞くとひどくハラが立ちました。 けれどそういう答えを促したのも、ほかならぬ自分です。ウノーが黙ったのを確認すると、サノーはそっと手を離しました。
「・・・聞くか。」
サノーがボソっと言いました。
「聞く?何を?」
ウノーは声を潜めながら、聞き返しました。
「ヌージとお嬢の会話だ。」
サノーは表情も変えずにそう言いました。しかしそれを聞いたウノーの顔から、さーっと血の気が引いて真っ白になりました。
「き、き、聞くって・・」
「忍び込むんだ。お嬢がヌージを迎えに出た隙にな。」
サノーの言葉に、ウノーの血の気は更に引き、顔色は白から青になりました。しかし、サノーは表情一つ変えません。それだけ、決心が固いという事なのでしょう。
「さ、サノー・・・」
ウノーは泣きそうな目をして、サノーを見上げました。いつも冷静なサノーが、そんな恐ろしい事を言うなんて、彼には信じられませんでした。
そんなウノーを見下ろすと、サノーは、ふっと笑いました。
「嫌ならいいんだぞ。俺一人でやる。」
サノーは本当にやる気なんだと、ウノーは思いました。それほどにルブラン嬢の事が心配なのだと悟りました。
ウノーは、サノーの気持ちが痛い程わかりました。そして決心しました。
サノー 一人に、そんな危ない橋を渡らせるわけにはいきません。彼らはずっと、苦しい事も辛い事も、分け合ってきたのですから。
「俺も、やるよ。」
ウノーは言いました。二人は顔を見合わせると、無言でうなずきました。

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