ファイナルファンタジーX−2

ルブラン姫と二人の従者


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むかしむかし・・・


それは、スピラに永遠のナギ節が訪れて、しばらくした頃のことでした。
かつてグアド族の都であったグアドサラムには、いつからか「ルブラン一味」と言うスフィアハンターが棲みついておりました。 一味の首領はルブランという、それはそれは美しいおばさん・・もとい、お嬢様でありました。
一味は、すべからくルブラン様の為ならば、と、誠心誠意、身も心も尽くしていたのでした。
―― 今日も、ルブラン嬢の館は、活気に満ち溢れておりました。


「早くしろ!ヌージの野郎が来ちまうだろっ!」
広いリビングの一角で、大きな鉄鍋を背負い、雑巾を片手に持った姿で、ウノーが叫びました。
今日は、一味が見つけたスフィアを、青年同盟の盟主ヌージが貰い受けに訪れる日です。 まだ日も昇らない頃から、部下達は大掃除に励んでいるのですが、このお屋敷、元は、かのシーモア老子のお館だったのです。 とんでもなく広く、しかもルブラン嬢はピカピカに磨きあげないと満足しないので、なかなか掃除が終わりません。
「う、ウノー」
今のウノーの声を聞いて、顔にあせりの色をあらわに浮かべながら、そそっとサノーが彼に近寄りました。
サノーとウノーは、正反対の身体つきをしています。細くて長身のサノーは、その身体を折り曲げるようにして、小さくてずんぐりむっくりの、ウノーの耳元で言いました。
「“野郎”は、マズい。“野郎”は!」
その囁きを聞いて、ウノーの顔が、しまった、という表情になりました。
まさか、聞こえていないとは思うけれど・・・二人が顔を見合わせたその時です。
「誰だいっ!!ヌージの旦那を野郎呼ばわりするヤツはっ!」
まるで、超音波攻撃のような甲高い声が、辺りに響きました。それを合図にしたかのように、二人の周囲にいた部下達がさっと身を引きました。 そうして現れた通路の向こう側に、ルブラン嬢が仁王立ちしておりました。武器にもなる扇・・と言うより、もはやハリセンと呼ぶにふさわしい巨大な扇を握り締めた手が、怒りでプルプルと震えています。
一味にとっては、ルブラン嬢が「神」であり、「動く法律」なのでしたが、最近、ルブラン嬢よりもさらに敬わなければいけない存在があるのでした。 そう、それこそが、ルブラン嬢が愛してやまない、青年同盟の盟主、ヌージでした。
「ウノーっっ!!!」
ルブラン嬢は、白い肌を真っ赤に上気させながら、ヒールを鳴らしてカツカツと歩いてきます。
ウノーは、もう追い詰められた鼠も同然、目でルブランに懇願しながら、その身体を壁にぴったりとつけておりました。 そして、いつの間にか少し距離を置いた所に逃げていたサノーが、目を固く閉じた瞬間・・・・
ビシイイイッ!
ルブラン嬢のハリセンが、ウノーを直撃しました。彼は頬に真っ赤な跡をつけたまま、床にへたりこんでいました。
「ヌージの旦那を悪く言うヤツは、身内だって許さないよっ!」
ルブラン嬢が般若のごときお顔で、辺りを見回しながら、そう啖呵たんかを切りました。 その様子にウノー・サノーを始め、部下たちは、皆氷の彫像のように固まってしまいました。
「さあ、さっさと掃除をおしっ!」
ルブラン嬢は、そう言い放つと、再びカツカツと靴音を鳴らしながら、部屋を出て行きました。


「大丈夫か、ウノー」
サノーが倒れたままのウノーに声をかけました。ウノーは、腫れあがった口元を押さえながら、痛そうに言いました。
「なんで・・聞こえるんだ・・」
「バカだな。お嬢は“ヌージ”という単語には敏感なのだ。」
サノーは、また引き返されてはたまらない、といった風に「ヌージ」の部分だけ、本当に小さな声で言いました。
「・・しかし、それにしたって・・」
口元が痛むのか、ウノーは喋り辛そうにそう言うと、この広大なリビングを眺めて言いました。
「野郎、この部屋には入らないじゃないか。なのに何でここまで掃除しなけりゃならないんだ。」
ヌージがここを訪れると、決まってルブランの部屋に直行するのです。ですから、掃除をするのは玄関ホールとルブラン嬢のお部屋だけでも良さそうなものです。 けれど、ルブラン嬢曰く、見えない所までキレイにするんだよ!と言う事で、皆大騒ぎで掃除に借り出されるのでした。
「・・・ったく、毎度毎度、たまらんぜ。」
ウノーは溜息をつきました。
ウノーもサノーも、勿論他の部下たちも、皆、ここの掃除が大キライでした。このグアド様式のお屋敷の掃除は、それほどタイヘンな仕事だったのです。 それでもまだ、お客様の為ならば頑張る事もできましょうが、肝心のお客様は、ここには入らないのです。 こんなことなら、たとえ魔物が待っていても、スフィアを探索している方が、どんなにか、やりがいのある事でしょう。それでも、大事なルブラン様の言いつけです。 ウノーもサノーも、他の部下達も、皆大きな溜息をつきつつも・・・お掃除に励んだのでした。

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