ファイナルファンタジーX−2

ルブラン姫と二人の従者


  4  

そこは・・・
空は低く灰色の雲が垂れ込め、あちこちで稲光が雲を切り裂くように光っていました。
どこまでも続く岩だらけの荒地。まるで世界の終焉を現しているような風景です。
ここは雷平原、年中雷が荒れ狂う大地。
いくら避雷針があると言っても、ここを旅する奇特な旅人は、そうそういるものではありません。


「はああ〜 天国だぁ〜」
大岩に開いた穴から這い出てきたウノーが、バッタリと倒れ込んだまま深々と安堵のため息をつきました。
この情景が「天国」だなんて、一体ウノーはどうしたと言うのでしょう?
「・・・・逃げ切ったな。」
やがて細長い体を穴から引き出すようにして、サノーも言いました。
見ると二人の体は、服は汚れあちこち綻びており、手足や顔にもたくさんの切り傷や擦り傷がありました。
「これからどうする?」
ウノーが涙目でサノーを見上げました。
「どうすると言ってもな・・・他を探すほかないだろ?」
サノーは細い糸のような目を吊り上げて言いました。
「まさかウノー、このまま帰る気か?」
「だって・・・サノー・・・・・」
ウノーは、そう言いかけてやめました。どんなに辛くて大変でも、このまま帰る訳にはいかないのです。
ウノーの耳に、ルブラン嬢の涙声が蘇ります。


二人は、あの、らしからぬルブラン嬢の姿に、自分達がどれ程の罪を犯してしまったのかを知り、いたたまれなくなりました。今更ただ言葉で謝っただけで、ルブラン嬢の心の傷が治るとも思えません。
それでは、どうすればルブラン嬢の心の傷が癒えるのか・・・二人は考えました。そしてその答えはすぐに出たのです。それは、ヌージに会わせる事でした。
癪にさわるけれど、たぶんそれが一番ルブラン嬢が望んでいる事でしょう。そしてヌージを呼ぶためには、スフィアを見つけ出さなくてはなりません。 それもそんじょそこらのスフィアではなく、ヌージが慌ててやってくるような、すんごいスフィアが必要です。
二人はその「すんごいスフィア」を求めて、この雷平原にやってきたのです。

雷平原は、ルブラン一味のアジトから近い場所ですが、なにしろスフィアが眠っている地下の迷宮には、とんでもない魔物が眠っている事も多いので、めったに探索しないのでした。 それだけに「すんごいスフィア」が眠っている可能性も高いし、だけれど強い魔物に遭遇してしまう可能性も高いのです。
二人は今も、命からがら魔物から逃げ出してきた所なのでした。


二人はそれからも、洞窟に潜ってはスフィアを探し、魔物に追いかけられ・・・を繰り返しておりました。
一体何ヶ所の洞窟に入ってみたでしょう?もう精も根も尽き果てようとしたその時、とある洞窟の一番奥で、ぼんやりとオレンジ色に輝くものを発見したのです。
「スフィアだあ!!」
それまでもう一歩も歩けなかった様子のウノーが、走り出しました。
「おい!待て!ウノー!」
サノー思わず声を荒げました。だってきっと、ウノーは気づいていないのです。
すんごいスフィアには、それを護るガーディアンがいるって事を。
「うわ〜!なんか古そうなスフィアだなぁ!これならきっとお嬢も喜ぶに違いないぞ。」
ウノーは、サノーの声も耳に入らない様子で、オレンジ色に光るスフィアを手に取りました。スフィアの表面には傷が見られ、いかにも古そうです。
「これならきっと、ヌージの奴も喜ぶな。」
ウノーはこれでアジトに帰れると、満面の笑みを浮かべました。その時やっとサノーが追いつきました。
「おい、ウノー。むやみに近づいては危ないぞ。」
サノーは肩で息をしています。もう歩くのが精一杯といったカンジでした。
「なんでだ?」
「すんごいスフィアには、ガーディアンがついているのを忘れたのか?」
サノーの言葉に、ウノーは「しまった」という顔をしました。けれどその顔は、すぐ元のニタニタ笑いに変わりました。
「大丈夫だよサノー。だってオレがこうして手に持っても、何も起こらないぞ?」
ウノーはそう言って、スフィアを手の中で転がしました。すると、その手の上にボタっと何かが落ちました。なにやら透明な液体のようですが、妙に生臭いのです。
その匂いにハっとしたサノーは、振り向き、上を見上げました。
「!!!!!」
サノーの顔色が、一瞬で真っ白になりました。
後退あとずさろうとしても、腰から下がまるで石になってしまったかのように動きません。
サノーは顔だけを、ギギギと音でもしそうなぐらい、ぎこちなく曲げて、ウノーに知らせようととしました。
「・・・・・う・・・・・」
ウノーを呼ぼうとしても声も出ません。ウノーはまだスフィアに見入っています。
「う・・うう・・・ううううう・・・・」
サノーは喉を絞るようにして、やっと声を出しました。そのサノーの異様な声に、やっとウノーが気付きました。
「どうしたんだ?サノー 何か苦しいのか?」
相変わらずウノーは能天気です。サノーはどうしていつも危険に気がつくのは自分ばかりなんだと、ちょっと悲しくなりました。が、今はそれどころではありません。
「うう・・・うえ・・・うえ・・・・」
今度はウノーの袖を引っ張って、そう言いました。
「上?」
ウノーが顔を上げようとした時、更に大きな水滴がボタっと、ウノーの頭を直撃しました。
「なんだよ、臭ぇなぁ。」
頭についた液体を手で払い落とそうとしながら、ウノーが岩天井を見上げると・・・・・

ウノーの頭のすぐ上に、大きな大きな口と鋭いキバがありました!

「ふ、ふ、フンババだぁ〜!!!!!」
ウノーは叫びました。と、同時に硬直しているサノーの襟首を掴むと、スフィアを抱いたまま出口に向かって走りました。頭上でフンババの牙がガチン!と宙を噛んだ音が聞こえました。
フンババはベヒーモスを更に凶悪にした魔物です。背の高さはサノーの倍以上ありました。二人が一生懸命走っても、フンババの歩幅の方がずうっと大きくて、しかも速くて、あっという間に距離が詰まってきます。
「も、も、もうダメだぁ〜」
ウノーが涙声で叫びました。
二人はここに来るまでに、ほとんど体力を使い果たしていました。足に力が入らなくて、もつれて転んでしまいそうです。
「あきらめるな!ウノー!」
動けるようになったサノーが言いました。そうです、やっと手に入れたスフィアです。そうそう簡単にあきらめる訳にはいきません。ルブラン一味は、一応、スフィアハンターなのですから。
「いいか、俺が3つ数えたら、全速力で逆に走るんだぞ」
サノーは走りながら服の懐をさぐりました。たしか拾い物の暗闇手榴弾があったはずです。果たしてこれがフンババに効くかは、サノーも自信がありませんでした。でも、手榴弾を手にした瞬間、真後ろでフンババの腕がブン!とうなりをあげました。もう時間の余裕が無いようです。迷っているヒマはありません。
「いいか、ウノー!」
サノーは半歩後ろをドスドス走っている、ウノーの顔を見ました。必死に走っているその顔は、涙がでて、鼻水まで垂れています。そのグチャグチャの顔で、ウノーはサノーを見てうなずきました。

「1・2・3っ!!」

その瞬間。サノーはフンババめがけて手榴弾を投げました。まばゆい閃光が広がる中を、サノーとウノーは文字通り命がけでフンババの股の下を走りぬけ、今までとの方向とは逆に走り始めました。
フンババは、閃光に面食らったようで、ぶんぶんと頭を振っておりましたが、暗闇の効き目はなかったらしく、また二人の後を追いかけてきました。
サノーとウノーは、振り返る余裕すらありませんでしたが、地響きのようなフンババの足音で、まだ追いかけてきている事を知りました。このままでは、また追いつかれてしまうのも時間の問題でしょう。 その時サノーは、壁に亀裂がある場所を見つけました。なんとか二人が滑り込めそうな大きさです。とは言っても、果たしてウノーが収まるかどうか、今ひとつ自信はありませんでしたけれど。

「おい!ウノー!こっちだ!」
サノーはその亀裂に滑り込みました。近くで見ると意外と広く、更に上に向かって亀裂が広がっていました。
やがてウノーもその隙間に入ろうとしました、が、案の定お腹がつかえています。
「こんなことなら、昼飯ハラいっぱい食うんじゃなかったぜー」
鼻水と涙でグチョグチョの顔をしながら、ウノーはまた同じ事で後悔していました。
「鍋を捨てて腹を凹ませろ!」
サノーが叫びました。その言葉に、ウノーはジタバタと背中の鍋を捨てました。そしてウノーが力の限り腹筋に力を入れてお腹を凹ませると同時に、サノーが腕を引っ張りました。 と、ウノーのカラダがズルっと亀裂に飲み込まれました。表ではフンババの牙が岩を削る、するどい音が聞こえました。まさに危機一髪です。
「はあぁ・・・・・」
奥の、ちょっと広くなっている所まで来て、ウノーは大きくため息をつきました。
これでしばらくは時間稼ぎができるでしょう。運が良ければ、フンババがあきらめてくれるかもしれません。けれどフンババはガリガリと岩を削り崩しています。
「どうしたものか・・・・」
サノーは頭を抱えました。隙間を広げられてしまったら、もう逃げ場もないし、一巻の終わりです。
亀裂は上に伸びていました。が、果たして外に繋がっているのでしょうか?そして登って行けるのでしょうか?

サノーが、何か見つからないかと暗闇に目をこらしていた時です。
上の方で、何かが光りました。
「?」
サノーは全神経を上方に集中させました。すると再び何かの光が一瞬光ったかと思うと、遠くから小さくゴロゴロという音が聞こえてきました。そう、稲光の音です!
「ウノー、登るぞ!」
サノーはウノーの袖を引っぱって言いました。
「の、登る?」
ウノーのはあはあという息使いが聞こえます。
「そうだ、ここにいてもいずれはフンババに喰われてしまう。登るぞ!」
そう言うやいなや、サノーはカラダを捻じ曲げて履物を脱ぎ、両手両足でさぐりながら、岩を登っていきました。
ウノーも死にたくないですから、サノーよりもやっとの思いで履物を脱ぎ捨て、スフィアを懐にしまうとサノーの後を追いました。

二人が入ったこの亀裂は、平原の岩が、長い長い間雨水に削られて出来た隙間だったのです。
そのせいで、岩肌はうっすらと湿っておりました。もっと大きな隙間だったら、二人は手足が滑って登れなかったかもしれません。 が、この隙間はちょうど良く人一人分ほどの大きさでしたので、特にウノーはお腹でも体を支える事ができました。
そうして二人はゆっくりと登っていきました。始めは鼓膜に痛いほどだったフンババの爪や牙の音も、段々と遠くなっていきました。 それは二人を少し安心させましたが、随分と登ったつもりなのに、まだまだ辺りは真っ暗です。一体いつになったら地上に出れるのだろう?本当に地上に通じているのだろうかと、二人の頭に違う不安が湧いてきました。

「俺が、あんな事を言ったばかりに。」
息を切らせながら、サノーがぽつんと言いました。
「あんな事って?」
同じように息を切らせながら、ウノーが尋ねました。
「お嬢とヌージの話を盗み聞きしようと言った事だ。」
一瞬、静寂が二人を包みました。遠くの雷鳴も、フンババの爪音も聞こえません。ただ二人のはあはあという息だけが聞こえていました。
「らしくないぞ、サノー」
ウノーの声は、怒っているようでした。
「後悔なんて、サノーらしくないぞ!それに俺が『いっしょに行く』って言ったんだ。サノーが謝る事じゃあないだろ!」
ウノーにしてはめずらしい程の怒りようでした。そんなウノーの気持ちは、痛いほどサノーにも伝わったようです。そう、ルブラン嬢に拾われる前から、二人は寺院でいつも一緒に仕事をしていました。 どんなに悪どい仕事でも、どんなにつまらない仕事でも…
その頃から、二人の間には「何をするにも一緒」という暗黙も了解があったのです。それは一人よりも二人ならば、情けない気持ちも、こみあげてくる憤りも、乗り越える事ができたから…
「そうだな。早く、お嬢の元へスフィアを届けなくてはな。」
サノーは、ぼつんと言うと、痺れて力が入らなくなってきた両手両足の指に再び力を込め、壁を登っていきました。 そしてウノーも、暗闇で誰にもわからなかったけれど、お腹いっぱいゴハンを食べた時のように、満足そうに笑って、サノーの後に続きました。



その後、丸1日かけて、二人はやっとの思いで雷平原を抜け、グアドサラムの入り口までたどり着きました。
もう体力も気力も限界で、二人はどう見てもボロ雑巾さながらといった姿で、入り口の通路に倒れこみました。もう、どんなに頑張っても一歩も動けません。二人はしばらくその場に倒れこんでおりました。
「サノー?」
ウノーがかすれた声でサノーを呼びました。
「なんだ…」
サノーはもうどうでも良いといった風に投げやりに答えます。
「早く…帰って…メシ、食わないと……死ぬ。」
サノーがかすむ目を凝らして見てみると、ウノーのお腹は、かかなり凹んでいるようでした。
そしてふと、サノーが尋ねました。
「ウノー、すんごいスフィアは無事だろうな?」
その言葉に、ウノーは見てみろといわんばかりの笑みを、ぼろぼろの顔に浮かべると、懐からスフィアを取り出しました。
スフィアは変わらずに、ぼんやりとしたオレンジ色の光を発しています。
「このとおりだぜ。」
そうウノーが言ったときでした。そのオレンジの光の一部分が、ポロっと崩れたのです!
「!!」
二人が、何事が起こったのか分からずに見ていると、更にスフィアはボロボロっと、大きな3個の塊に割れてしまいました。

「………」
二人はしばらくの間、何も言えずにじいっと割れたスフィアを見ていました。
きっとドタバタ走ったり、岩の隙間をよじ登ったりしている間に、すでにあったヒビが大きくなっていったのでしょう…


「もう…帰れないのか?俺たち」
ウノーが鼻も目も赤くして言いました。
サノーは、まだ返事も出来ない様子で、ただ呆然と割れたスフィアを見ていました。

その時です。
「何やってるんだい!おまえたち!」
懐かしい雷のような怒鳴り声が、頭の上から降ってきました。
思わず二人が見上げると、そこには懐かしいルブラン嬢の顔がありました。
「こんなに長く、どこほっつき歩いてたんだい!?もう仕事が山積みだよ!サボってないで、早く仕事をおし!」
ルブラン嬢は、まるで何も無かったかのように、二人をしかっていました。
「お嬢…」
サノーの細い目に、キラっと光るものが見えました。
「俺たち…」
その言葉をさえぎるように、ルブラン嬢は二人に近づくと、そのボロボロの服をはたいて言いました。
「ったく、こんなにボロ雑巾みたいになるまで…どこで遊んでたんだい。本当におまえ達は頭が足りないねぇ。」
その声は途中で涙声になり、ルブラン嬢は鼻に手をあて、すすっておりました。
ルブラン嬢の白い肌に、すーっと泥の跡がつきました。
「お嬢…ごめんなさい。」
ウノーは両手をついて、ルブラン嬢に向かって頭を下げました。
サノーも同じように、頭を下げました。
「何言ってるんだい!早く着替えて働くんだよ!」
「じゃ、じゃあ俺たち…」
ウノーが恐る恐る顔を上げました。
「まだお嬢の側にいても…」
サノーも顔を上げました。
「ったりまえだろ!!」
ルブラン嬢は、怒った声で言いました。けれどその顔には微笑みが浮かんでいました。
「おまえ達は、もうルブラン一味だろ!?他のどこに帰る家があるって言うんだい?」
そしてハリセンで軽く、ピシピシっと二人をこづきました。
けれどウノーもサノーも、張り飛ばされてこんなに嬉しいと思った事は、ありませんでした。


やがて二人は、お互いを支えあうようにして立ち上がると
ルブラン嬢の後をよろよろと歩きながら、懐かしの我が家へと歩みを進めました。
「お嬢?」
ウノーが尋ねました。
「なんだい?」
ルブラン嬢の背中は、心なしか上機嫌で、ウノーは今なら何を聞いても怒られないような気がしたのです。
「お嬢は、もうヌージの事は諦めたのか?」
その質問に、サノーは凍りつき、ルブラン嬢の背中がピクっと動きました。そしてルブラン嬢は、腰に手をあてて、クルっと振り向きました。
「『諦める』ってどういう意味だい?」
ルブラン嬢は怒るでもなく、どちらかと言うと呆れたような顔をしていました。
「え?…だ、だって『片思いだって分かってる』って…」
ウノーの言葉に、サノーは堅く目を閉じました。きっとルブラン嬢の怒りのハリセンが、ウノーを直撃する事でしょう。けれど、ハリセンの響く音は聞こえませんでした。かわりに聞こえてきたのはルブラン嬢の高笑いでした。
「何バカな事言ってるんだい?ヌージの旦那とあたしは、固い愛の絆で結ばれているんだよぉ。誰にも邪魔できるもんかい。」
ルブラン嬢は、自分の腕で自分の体を抱きしめると、目を閉じ、くねくねと悦に入っておりました。
「え…だって…お嬢…」
ウノーとサノーは顔を見合わせました。あんなにハッキリと聞いたルブラン嬢の言葉は、どうやら言った本人が、もう忘れてしまう事にしたようです。 あの広間での出来事は、ルブラン嬢の記憶から、キレイさっぱり、もう消されてしまったのでした。

「えへ…えへへ…がはははは!」
ボケっとルブラン嬢を見ていたウノーが、笑い出しました。
「やっぱりお嬢は、こうでなくちゃな。」
「同感だ。」
そう言ってサノーも、細い目を細めておりました。



こうして、ウノーとサノーの冒険は終わりました。そしてそれからも、ウノーとサノーはルブラン嬢の元で、こき使われたり、怒られたりしながらも、とても幸せに暮らしましたとさ。


おしまい
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